自分が「死ねない老人」にならない、家族を「死ねない老人」にさせないための一冊
25年以上にわたり、地域の在宅医療を担ってきた医師である著者が、現在の日本社会では何歳になっても穏やかに「死ねない」という問題にスポットを当てた書籍です。 本書のタイトルの「死ねない」という言葉には、二つの意味が込められています。一つは、人生100年といわれるように、誰もがこれまでになく長い老後を生きるようになったいま、社会や家庭のなかで居場所や生きがいを失い、「死にたい(これ以上生きていたくない)」と思ってしまう高齢者が増えていること。二つ目は、加齢や病気などにより命の終わりが近づいている高齢者に対し、日本ではいつまでも「できる限りの手を尽くす医療」が施され、高度な終末期医療によって本人の意思に反して生かされてしまうことです。 臨床医として、日常的に多数の高齢者に接している医師の立場から、この二つの「死ねない」問題の現状を取り上げ、さらに著書の考える社会的・個人的な解決策について考察・提言をしています。
「老い」や「死」が身近になる40~60代をターゲット
本書の制作にあたり、心がけたのは、著者が日常診療の中で感じている課題や疑問を、書籍という媒体で一般読者に訴えたい内容を丁寧にヒアリングすることでした。何回かのヒアリングで著者が世の中の人に伝えたいことを自由に語っていただき、それを整理していく中で、冒頭で述べた高齢者の生きがいの問題と、日本の終末期医療の課題という二つの要素があること浮き彫りになりました。それをわかりやすく伝えるために構成や章立てを検討していきました。
読者ターゲットは、親や自分自身の「老い」や「介護」、「死」に向き合うことが増える40~60代の中高年を想定しました。これは、高齢の親をもついまの子ども世代が親の命の終わりを受け入れられず、結果的に終末期まで高度な医療を求める傾向がある、という著者の指摘を反映したものです。
また想定外の長い人生を生きることになった親世代の心の内を知ることで、40~60代の方々がこれから迎える自分の高齢期の生き方・死に方について考えるヒントを得てほしい、というのも狙いの一つです。
そして、もっとも悩んだのが本書のタイトルです。
本書で取り上げるのは世界に類をみない日本の超高齢者社会の“陰”の部分であり、ともすれば陰鬱になりがちなテーマです。また、2000年に介護保険制度が導入され、在宅医療が知られるようになった昨今、日本人の病院信仰を批判したり、在宅医療の良さを語ったりする類書も多数、出版されています。
その中であらためて読者に読んでみたい、手に取ってみたいと思わせる「引っかかり」や「力強さ」のあるワードを考え抜いた結果、「死ねない老人」を採用しました。
高齢患者や家族の「生の声」、医療現場の実情を盛り込む
制作に当たっては、ふとした瞬間に「死にたい」とつぶやく高齢者本人や、高齢者を介護・支援しているご家族など、“当事者の声”をきちんと拾いたいと考え、著者に実際の患者さんやご家族を取材をしましょうと提案しました。
通常、個人の健康状態や病歴、介護をするご家族の状況などは、高度な個人情報です。個人情報保護の観点や、患者さんに迷惑をかけたくないという思いから、医師に患者の取材を申し込んでも断られることが少なくありません。
ところが、著者は患者さんの取材を快諾してくださり、多忙な中、早々に日時をセッティングして地域の方々のお宅へと案内していただきました。医師と患者としてというより、同じ地域に暮らす仲間のような距離感で長年、患者さんやご家族に寄り添ってこられた著者のお人柄や信頼関係が、私たちにも肌感覚で伝わってきました。本書の中でも患者さんやご家族の話が重要なアクセントになっています。
さらに、著者が経験された病院での終末期医療や、在宅医療の症例などについても、詳しい説明をお聞きし、パワーポイント等の資料を利用するなどして、リアルな医療現場の葛藤や苦悩を盛り込むようにしました。ただし、一般読者が理解しやすいように難しい医療用語はなるべく少なくし、また読者が自分自身の人生や生活に引き付けて考えられるよう、具体的でありつつ、平易な語り口にすることを意識しました。
著者や関係者への取材、原稿執筆と並行して進めたのが、本のカバー(表紙)や帯の文言・デザインです。本の体裁が新書であったため、本文デザインはほぼ定形のスタイルですが、カバーについては、デザイナーが「高齢の男性が白いベッドの上に腰かけ、窓の外を見つめる淡い色調の写真」を使用しました。これによって「死ねない老人」という強いタイトルの言葉だけがヘンに浮くことなく、リアルでありながら温かさもある、本書の内容を思わせる誠実な印象に仕上がったように思います。
「長い人生をどう生きて、どう死ぬか」を考えるきっかけに
2017年出版の本書で述べた高齢期の生きがいや終末期医療の問題は、少しずつ改善の兆しも見えているとはいえ、日本社会全体でいえば、今なお続く深刻な課題といえます。
「老い」や「死」は一人の例外もなく、生きているすべての人が経験することです。これからの長い人生をどう生きて、どのように最期を迎えるか。あるいは、成熟した高齢社会では終末期医療や「死」との向き合い方はどうあるべきなのか。そうしたことについて本人、ご家族、それぞれの視点で考えるきっかけを提供するのが本書です。
2020年の新型コロナウイルス感染拡大という未曾有の経験を経て、2021年には続編『続・死ねない老人』の出版も企画しています。本書と併せて手にしていただき、誰もが自分らしく豊かに生き、死ぬことができる社会を実現する一助になったら幸いです。
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<関連ページ>出版後、取材や講演依頼が相次ぎ、重版達成。開業医として「終末医療」の実態を広め、患者数は大幅UP。
- 書籍名:『死ねない老人』
- 著者名:杉浦 敏之
- 概 要:高齢者たちは、なぜ「死にたい」のか?「死にたい」と言わせないために、私たちには何ができるのか?