経営理念や育成方針が浸透しない……「人材が育たない」とグチる経営者が気づいていない問題点
実に、日本企業の7割の経営者が「社員が成長しない」との悩みを抱えているという調査結果を2017年に産業能率大学が発表しました。人材育成は、多くの企業が抱える経営課題。しかし、社員が育たないのには明確な理由があります。経営者は人材育成の問題点を整理し、仕組みを再構築する必要があるのです。
問題点①経営理念が不透明 経営理念の重要性を強調するが、何も実践していない
経営理念は、その企業の社会における存在意義を示したものであり、全従業員が何のために仕事をするかを方向づける、とても大切な拠り所です。その理念を具現化するためのフィロソフィ、仕事像や人材像、クレドなどをつくって、組織に浸透させる努力をしている企業も少なくありません。
しかし、朝礼や会議で唱和していても、単に声を出しているだけに終わっているケースもあります。また、その経営理念が額に入っているだけで、お飾りとなっている企業も多いのです。
現実の場面ではその経営理念が顧みられることはなく、結果として、理念とはかけ離れた判断が行われている。仕事の現場で活きていないのです。経営理念が書かれたカードなどを持っているかどうか、暗記しているかどうかが問題ではありません。その理念を理解して、実際の仕事に、その時々の判断に、それこそ清掃から意思決定に至るまで、業務の隅々に活かしているかどうかが問題なのです。
たとえば経営理念に「顧客満足」とあるだけでは、何が顧客満足にあたるかは社員それぞれです。さらに、「それは当たり前だ」と思ってしまえば、あえて顧客満足を気にすることもなくなるでしょう。顧客満足についてのバラバラな理解が仕事の品質の差を生み出します。理念を掲げただけでは、現場で活かしきることはできないのです。
経営理念が形骸化してしまう最大の理由は、経営者が、経営理念を自分への誓いとして率先垂範する姿勢に欠けていることです。社員にとって、経営者の行動を見てなるほどと思うような実践がないのです。もちろん、経営陣にも徹底していませんし、経営理念を価値判断の基準にするような体系も整えられていません。結果として、社員も理念は上辺だけと考えています。当然、社員は仕事を形式的にこなすだけにとどまるので、仕事を通じて人が育つことが難しくなってしまいます。
問題点②人材育成の指針と仕組みがない 人材育成を抽象的に語るだけ
多くの企業には、その企業にとっての人材育成の定義がありません。何をどうすることが人材育成かが抽象的に語られるだけでは、人材育成の共通理解も実践もできないままです。人材育成は、一人ではできませんから組織で行うには基本的な定義が必要です。
あるいは、簡単な方針だけあっても、具体的な実践の仕組みがなければ、組織的な人材育成はやはり難しいでしょう。企業における優れた人材とは、「経営理念を現場で具現化する人」といえるでしょう。育成とは、その人の可能性を信じ、できないことをできるように絶え間なく発展させていくことです。その人の持つ課題を、将来に向けて改善する方向に向かわせることなのです。
そうした人材を育成したいという気持ちがあっても、実践的な仕組みや方法論がつくり込まれていなければ、実際に理想通りに人材が育つことはありません。それこそ、社員をOJTと称して現場に放り出し、「仕事を任せて勝手に育ってもらう」という事態になりかねません。
ごく一部の非常に優秀な社員は、それでも力を発揮してくれるかもしれません。しかし、一人ひとり能力の異なる社員を、幅広く育てることなどできるはずもありません。リーダーの掛け声だけで動く組織は稀です。社員が育ち成熟した企業ならばあり得ますが、たいていの企業では難しいと言わざるを得ません。
問題点③不公平な関係 社員との接し方が好き嫌いや相性に左右される
社員一人ひとりに上司がどんな思いを持っているかということは、本人は隠しているつもりでも、社員からは必ずといっていいほど見抜かれています。それほど、社員は自分が上司やまわりの社員から、どう見られているか、どう関心を持たれているか気にしているものです。
当然、上司がすべての社員に公平に接することは大前提ですが、仕事とはいえ人と人との関係です。現実的にはそれほど容易ではありません。無意識のうちに不公平な接し方を繰り返していると、部下との信頼関係は崩壊してしまいます。
好き嫌いは、相性の問題もあるでしょう。自分に忠実そうかどうかといった、第一印象も大きいでしょう。
また、できる社員はいつでも優秀で、できない社員は何事においても劣っている、といった先入観を持つ経営者が多いことも、大きな問題です。
ある程度は仕方がないことですが、どうしてもできる社員にばかり目がいってしまい、できない社員を見放しています。見放すつもりはなかったとしても、結局はそうなってしまっているという経営者や上司は、規模の大小を問わず多いようです。
その結果、できる社員は経営者とのコミュニケーションの機会が多く、よりやりがいのある、成長機会となる仕事のチャンスも多く与えられる。できる社員は経営者からも上司からもかわいがられる。ところが、できない社員は仕事のチャンスも結果的に少なく、どんどんコミュニケーションの機会も減っていく。そうなれば成長するチャンスも少なくなっていくわけですから、ますますできる社員とできない社員の差が開いてしまいます。
できない社員は、そう簡単にできる社員にはなりませんが、それでも辛抱強く育てることが必要です。その底力が、本物の育成力です。それができる社員にも良い影響を与えます。できる社員は、自分ができることを鼻にかけ、裏で組織や上司の悪口を言って方針とは真反対ということも多く、組織的には問題社員で、信頼が置けないことも見受けられます。しかし、このできる社員を期待される人材に育てていくうえで、できない社員をあきらめずに育てる努力は、育成の心を教えるモデルになります。また、できる社員にできない社員を育てるように仕向けることも大事な育成過程です。自分がする仕事に自信はあっても、育てることは全く別のことと気づくことに価値があります。できる、できない、があるのは事実ですが、やはり公平に育てることが王道です。
人を育てるということは、「できないことを、できるようにすること」です。できない社員を放置しているようでは、社員が育つはずもありません。粘り強く育てることが必要です。
問題点④経営者に人望がない 人としての魅力がないように感じられる
人間観とは、人をどう捉えるかということであって、人材育成の根幹でもあります。この人間観は、その人が意欲的に学び、内省し、多くのことを経験し、自分の言動を謙虚に反省することで変わっていくものです。
師を持つ人は、その師の人間観に惹かれるものです。逆に言えば、いくつになっても、人間観の幼い人間に、人はついていこうとは思いません。人間観が成長していない人間にありがちなのは、自己中心的な考えが目立ち、自己防衛を優先するために、他責思考が強いというものです。そうした人が上にいれば、誰であってもハシゴを外される危険を感じます。その人のために必死に働こうとは思いません。成長しようとも思わなくなるのです。
人間観が乏しいとは、人材の持つ可能性の多様さを心から信じられるかどうかです。可能性は、実際に仕事をしながら育んでいくものですが、人材の可能性を見出していくのは容易なことではありません。現在活躍している人は、どこかで誰かに可能性を見出された人です。私もそうです。その可能性を見出せる人というのは、人間に対する見方が大きく、そして人の善悪を知って超えている人であるように思います。また、自分自身も失敗や挫折を乗り越え、そして主体的に学んできた人です。人間の魂と、良心で葛藤してきた人です。
経営は、実に細かいことの積み重ねと気配りの連続のなかで成り立っています。同時に、人に任せないことには成長は望めません。この任せることを本当にできる人とできない人があります。任せられない人は、どこまでいっても任せられないものです。任せたいと思ってはいるのですが、任せきれない。ここが人間観です。
主体性が発揮された姿は、本当に微笑ましく感動するものです。実に人間らしさを感じます。これが、働くということの意味です。経営者としてすべてを知るわけにもいかない、ましてすべてを握るわけにもいかない、しかし責任は取らなければいけない。だからこそ、信じて任せていく。人間観を高めれば、時間はかかっても主体性が発揮されます。
人間観が育っていないときは、人材について大きな葛藤を持っています。主体的な意見がほしいが、それを甘さとしか受け取れない。自身の答えを押し出す前に、その甘さと闘う辛抱が必要です。この分岐点を「任せて任せず」で越えていかなければなりません。
どうしても自分のイメージ通りの行動を求めるので、そのイメージに適合しない場合は、心の中で葛藤を繰り返しています。主体性がなくなると自分で判断しなくなりますし、できなくなります。さらに、その判断しない現象にも苛立ちます。結果として、すべてにお伺いを立ててしか行動しなくなります。そんな負のサイクルに入り込まないようにしていただきたいものです。
やはり俯瞰的な人間観がないと人材を観る目が狭くなって可能性を見出しきれないと思います。やはり、育てつつ、振り返りつつ、行いつつ人間観を高めていくのです。
仕組みの構築が「社員が自主的に育つ」組織づくりの第一歩
ここまでの話で、人材育成は難しいものだと思われるかもしれません。多くの経営者や指導担当者は、時間が足りず人材育成ができないと答えます。しかし、人材育成ができない根本原因の多くは、仕組みがつくられていないことです。ツールの導入やインセンティブ報酬などは社員のモチベーションを高めるための補完的な役割を果たします。しかし、仕組みがなければそれらも一過性の効果しか生みません。
現場の育成環境が非常に厳しい中、現場の教育負担を最小限にし、社員が自主的に成長していくような仕組みをつくることが人材育成の第一歩です。同時に仕組みだけでうまくいくとは限りません。「意識」と「仕組み」という両輪が経営には必要で、仕組み論や精神論だけで終わってはならないのです。それを構築できるのは、まさに経営者であり、幹部であり、管理者である人事責任者なのです。