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世界最適調達の陰で追い詰められる下請けメーカー

著者:今瀬 憲司

新興国の人件費が高騰し、再び国内製造の動きが活発になっている日本のものづくり。それに伴い、激変する発注者と下請けメーカーの関係や、日本のメーカーが行っていた「予定調和」的なものづくりについて解説しています。

激変する発注者と下請けの関係

今、新聞やテレビなどさまざまなメディアが日本のものづくりの好調ぶりを報じてい ます。アベノミクスによる円安効果により、2012年11 月に1ドル=81.1円だった為替レートは、2017年1月には1ドル=113.77円まで回復しました。貿易収支は黒字に転じ、大手メーカーを中心に景気は回復傾向にあります。

また、中国を中心とした新興国の人件費の高騰により国内回帰が進み、国内の中小製造業にとっても、一見すると良い状況のように思えます。 しかし、実際に中小製造業の現場を見てみると、決して順風満帆とはいえません。その大きな理由は、世界のものづくりのあり方が、近年大きく変わってきていることにあります。

高度経済成長期を支えてきた日本のものづくりは、1社の完成品メーカーと多数の下請けメーカーが集まって構成される「ピラミッド構造」で成り立ってきました。

例えば自動車メーカーでは、1台の自動車を造ろうとすると、ボディ部分、足回り、電装関係……といった具合にさまざまな企業(1次下請け)に仕事を発注します。そして、それぞれの企業はさらに部品メーカー(2次・3次下請け)に仕事を発注します。このように仕事が発注されていき、最終的には従業員10人程度でネジやゴムなどの細かい部品を造る町工場へ仕事が流れていきます。自動車のみならず日本の製造業は、昔から大手完成品メーカーを頂点にこのようなピラミッド構造をつくり互いに成長してきました。

しかし、1980年代後半から1990年代半ばにかけ、このピラミッド構造は揺らぎはじめます。日米貿易摩擦の高まりや、プラザ合意以降の円高の影響、特に自動車業界においては部品のユニット化が進んだことや、1981年から対米輸出自主規制を開始したことにより、完成品メーカーは現地生産へと本格的に舵を切りました。下請けメーカーはこれまでの関係を続けるために、海外進出する完成品メーカーに追随したのです。

さらに2007年の世界同時金融危機以降は、コスト削減を目的に人件費の安い新興国に生産拠点を移しました。それに伴い下請けメーカーも運命共同体として海外へ進出したのです。2016年からはアベノミクス効果もあり為替は円安に転じ、製造業を中心に貿易黒字に転じ、国内製造業は長く厳しい時代をようやく抜け出しました。

大手企業が海外メーカーとの競争に負け、中小企業の経営に影響を及ぼす

長らく日本の製造業は安い人件費を求めて新興国に生産拠点を移してきました。しかし、中国をはじめとする東南アジアの経済成長により人件費は高騰。再び国内回帰への動きが活発化しています。まさに下請けメーカーにとって、好条件がそろっているかのように思えますが、現実は甘くありません。

これまで海外進出を進めていくなかで、完成品メーカーはこれまで長く付き合いのあった国内系列企業だけでなく、各国から部品を調達する世界最適調達を目指してきました。また、現地に技術や生産管理のノウハウが浸透し、新興国製造業の実力は格段に上がり、安く高品質な製品を提供できるようになっています。いまや新興国のメーカーは日本の下請けメーカーにとって大きな脅威となっています。再び、国内に生産拠点が戻ってきても、以前と比べ業界を取り巻く状況は激変しているのです。

中小企業庁が2013年にまとめた「下請中小企業の現状と今後の政策展開について」を見ると、大手完成品メーカーが選ぶ発注先として「長年の取引がある下請け事業者」と答えた企業は製造業では32.4%しかありません。この結果は、中小の下請けメーカーにとってショッキングなものです。1社の取引先に依存している下請けメーカーの経営者としては、いつ仕事がなくなるか分からない恐怖を抱えながら過ごさなくてはなりません。

とはいえ、完成品メーカーにとっても、下請けメーカーをコロコロと変えていては効率が良くありません。そこで、完成品メーカーは下請けメーカーに対し、利益はほとんど出ないが、会社は存続していける程度の額での取引を要求し、「生かさず、殺さず」の状態を強いているのです。なかには下請けメーカーに原価を開示させ、利益を購入側が指定しているという例まであると聞きます。

これに対し、下請けメーカーは「この厳しい時代に、少なくとも食べてはいける。 仕事がないよりはマシ」と考え、目の前の仕事をこなすことに精一杯です。その結果、新規取引先の開拓や新製品開発などに取り組む余力がなくなり、「思考停止」した状態になってしまいます。この状況は完成品メーカーにとっては好都合。思考停止した下請けメーカーであれば、自社の要求に対して従順に対応してくれるので、扱いやすいのです。

下請けメーカーにとっても、仕事が継続的に受注でき、会社が存続していければ、多少の不満はあっても、苦労して営業をしたり、新たな投資をして新製品を開発したりするよりはましかもしれません。それはそれで経営判断としては間違っていないでしょう。しかし、そんな状況が永遠に続かないことは、リーマンショック後の日本を見ても分かるはずです。

再び景気が悪くなれば、簡単に切り捨てられ、倒産や廃業の憂き目にあう下請けメーカーは少なくないはずです。少ない利益で十分な体力もつけられず、滅私奉公しているだけでは明るい未来が見えるはずはありません。

コストダウンと納期短縮の圧力、安かろう悪かろうの製品づくり

低コストを売りにする海外メーカーとの競争に勝つため、国内下請けメーカーに求められるのは、今まで以上の「納期短縮」と「コストダウン」です。結局、好況時も不況時も下請けメーカーは常にこの課題から逃れることはできず、この終わりのないレースに疲弊してしまっています。

大手メーカーから押しつけられる仕様書どおりに、言い値で納期どおりに製品を造る。商取引のなかでは当たり前のことですが、実際に仕様書どおりでは品質が担保できないということも少なくありません。しかし下請けメーカーからそれを指摘しても完成品メーカーの発注担当者は、すでに社内で自分の上司が承認し、今までも同じように発注していた製品に問題があるなど指摘することはできません。

下手にそんなことを進言しようものなら上司に恥をかかせることになり、しかも過去に遡って自社のものづくりを否定することになってしまうため、大きなトラブルに発展しかねないリスクも孕んでいます。そんな危険な橋は渡らずとも、下請けメーカーの提案を無視し「仕様書どおりに」製品を納入させていれば、自分の仕事は完遂できるのです。

自動車業界でリコールが発生すると、下請けメーカーは口々に「やっぱり起きたか」と口にするといいます。なぜなら下請けメーカーは、仕様書どおりに造れば何らかの不具合が起きると分かっているからです。しかし、担当者に改善点を提案しても、聞き 入れないとのこと。事なかれ主義を貫くことを知っているから、指示どおりに造るしかないのです。

きつい言い方かもしれませんが、下請けメーカーはものづくり企業のプライドを捨て、示された仕様書どおりのものづくりを続けるしかないのです。ここまで日本のものづくりの現状を述べてきましたが、簡単にまとめると、日本はどこか予定調和的なものづくりを行うようになってしまった結果、つくり手は造っていてわくわくしない、使う側も、製品を使っていてわくわくしない、という、本末転倒な方向へ進んでいるようです。

一方で、海外の動きはどうかというと、新興国の製造業が力をつけたことは、下請けメーカーにとってだけの脅威ではありません。今まで新興国の製品は「安かろう悪かろう」と敬遠されてきましたが、日本の商品をアジア流に改善して世界市場に提供するという戦略で台頭しています。

特にエレクトロニクス分野では、DVDプレイヤー、液晶テレビ、携帯電話、太陽光パネルなど日本の製造業が生み出した製品を、より安くより大量に造り、それらを世界の各市場に求められる形で提供することで、日本企業を上回る圧倒的なシェアを奪い ました。

例えば、スマートフォン市場における中国企業の活躍には目を見張るものがあります。 世界のスマートフォン販売台数を調査しているアメリカの市場調査会社ガートナーの調べによると、2017年の7月から9月のスマートフォン出荷台数ランキングにおいて、全世界のトップ5メーカーのうち、実に4社がアジアの企業であることが分かりました。

ちなみに、1位のサムスンは韓国企業であり、2位のアップル(アメリカ)以外はすべて中国メーカーが独占しています。これら中国メーカーの勢いは年々増しており、アップルやサムスンに追いつくのも時間の問題だとする見方もあります。

こうした海外企業の躍進に対して、日本企業の凋落の原因として挙げられるのが、「官僚的ものづくり」です。大手完成品メーカーでは売り上げや利益、シェアという数字で見える成果のみを評価します。

また、コンプライアンスや社内ルールで社員を管理することで、将来のリスクをなるべく避け、職域外の仕事を避け、自分のポストがなくならないことを願う社員ばかりの「官僚的ものづくり」の組織になってしまっているのです。

確かに、安定した品質を確実に供給するために、ルールは必要です。しかし、ルールに 縛られてばかりでは、革新は生まれません。保守的なものづくりを続けている以上、画 期的な新製品で世の中をあっと驚かせることは決してできないのです。

エレクトロニクス分野で、日本の名だたる完成品メーカーが凋落していったように、こ のままでは日本の基幹産業である製造業が息絶えてしまう日も遠くはありません。

こちらのコンテンツはこの書籍から抜粋しております。

書籍名:画期的な自社製品で市場を席巻する 小さな工場のものづくり魂 著者:今瀬 憲司

加茂精工株式会社 取締役会長
1946年、岐阜県美濃加茂市生まれ。1964年、県内の工業高校を卒業後、愛知県の自動車部品メーカーに入社。機械設計の基礎を学びながら、主に社内設備の設計を手がける。1977年、32歳で独立。有限会社イマケン機械の経営者兼設計者として、機械設計に携る。しかし、独立後も下請けの生活は続いた。製品の効率化や高性能化を図った提案をするも、受注先の担当者から「仕様書以外の設計は認めない」と一蹴。その後、自分のアイデアを生かしたものづくりがしたいという思いが募り自社製品メーカーとなることを決意。1980年、社名を加茂精工株式会社に変更。既成の概念にとらわれない発想で、いくつもの製造機部品を手がける。
2014年に取締役会長に就任してからも、ものづくりへの情熱の火をともし続けている。

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